2021年4月20日。漫画家・萩尾望都氏は「一度きりの大泉の話」という著書を出版しました。
全350ページからなるこの分厚い本には、萩尾氏と同年代の著名な漫画家である竹宮恵子氏との交流と、二人の関係の終焉が綴られています。
1970年〜72年までの2年間、当時の大泉には両氏をはじめとする才能のある若手女性漫画家たちが大いに集い、交流し、後に「大泉サロン」とも呼ばれるほどに有名になりました。
しかし、72年に大泉は解散。
萩尾氏は当時について多くを語らず、そのまま約50年という長い年月が過ぎ去りました。
今回、長い沈黙を破って初めて萩尾氏によって語られる「大泉」の真実とは?
2人の天才による葛藤の物語が綴られた書籍についてご紹介します。
目次
『一度きりの大泉の話』とは
概要
- 著者:萩尾望都
- 頁数:350頁
- 出版社:河出書房新社
- 価格:1980円(税込み)
- 内容:記録
萩尾望都氏は、同年代の著名な漫画家である竹宮恵子氏と1970年から1972まで東京都練馬区の南大泉のアパートで共同生活をしていました。
ですがその後に起こった出来事により、萩尾氏は竹宮氏との交流を断つことになりました。
この本では、その状況に至るまでの経緯と、当時の萩尾氏の心情が時系列に沿って丁寧に綴られています。
萩尾氏、竹宮氏のファンだけでなく多くの少女漫画のファンに読んでいただきたい作品です。
著者・萩尾望都氏とは
1949年福岡県生まれ。1969年「ルルとミミ」でデビュー。
早くから当時の少女漫画の枠を超えた独特の作風で頭角を現わし、SFとファンタジーの要素を取り入れた壮麗な世界観を持つ作品を多く発表しました。
1976年『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞、1997年『残酷な神が支配する』で第1回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞受賞。
2006年『バルバラ異界』で第27回日本SF大賞、2011年第40回日本漫画協会賞・文部科学大臣賞。
2012年、少女漫画家としては初の紫綬褒章受賞、2019年文化功労者に選出など受賞歴多数。
『一度きりの大泉の話』のポイント
『一度きりの大泉の話』は、以下の点にフォーカスして記されています。
- 萩尾望都氏の出生から生い立ち、半生の記録
- ご両親の漫画に対する無理解の描写
- 時系列に並べられた作品群のスケッチや構想、インスパイアされた事象など
- 当時の居住地と親しく交流していた人々の実名
- 竹宮恵子氏と彼女の助言者・増山法恵氏との確執と別離
『一度きりの大泉の話』は350ページもの大作ですが、口語体でとても読みやすく、どんどん読み進められます。
漫画を描くことをご両親に反対されるなど順風満帆とは言えない環境のなか、萩尾望都氏はやがてその才能を余すところなく発揮し、周囲を巻き込んでいきます。
全編を通して控えめな表現ながら、自身の作品に対する自負には並々ならぬものが感じられます。
そして、竹宮恵子氏との確執と別離、そしてその後の萩尾氏の心情の描写は、本書の要となる部分。
当時の萩尾氏の衝撃と絶望、やがて再生しつつも癒えることのない心の傷など、読者は手に取るように理解できることでしょう。
『一度きりの大泉の話』の感想と一部ネタバレ
なんとも、残念なことだ‥というのが正直な感想です。
本書によれば、萩尾氏はもう決して竹宮氏には関わらないとのこと。
竹宮氏の作品に触れることはもちろん、一切の交流の糸口すら絶ってこのまま時が過ぎゆくのを願っている、とのくだりは、「ちょっと暗いところもある」どころの話ではありません。
2人の天才が、若い時の葛藤と確執を年月を経て乗り越え、晩年になって再び交流が始まるのならとても素敵な話ですが、現実はなかなかマンガのようには行かないようです。
次に私が感じたことは、萩尾氏の持つ「天才ならではの残酷さ」です。
竹宮氏が自身の著書で述べている通り、竹宮氏は萩尾氏の才能を羨み、嫉妬とも畏れともつかない感情を抱いていました。
しかしながら、萩尾氏はそのことに気づいた現在も和解の手を差し伸べる竹宮氏を振り払い続けています。
極め付けは、竹宮氏が贈った著書をマネージャーの手を借りて送り返したこと。
おそらくは2016年出版の竹宮氏の自叙伝『少年の名はジルベール』(小学館)であろうかと思われますが。
何も突き返さなくても( ´△`)手元に置けないなら黙って廃棄処分すればいいじゃん‥というのは、やはり凡人の常識なのでしょうか。
まるで、あえて竹宮氏に「罰」を与えているかのようです。
本書の文中で何度も繰り返される、(竹宮氏とは)「お付き合いがありません」「懐かしくはありません」「覆水盆に返らず」などのような拒絶の言葉。
普通の人間では持ち得ない、深い深淵を覗いているような、そんな仄暗い気持ちになったものです。
「大泉〜下井草の一件」以来、一切竹宮氏とは関わらないように、少しでも関係性のある仕事のオファーは全て断ってきたという萩尾氏。
その徹底ぶりは、「興味がありません」「もはや関係ありません」という、無関心さを装った言葉とは裏腹に、竹宮氏からの大きな影響を感じさせます。
「あえて離れようとする」ことを無関心とは呼びません。
萩尾氏は、竹宮氏からできる限り離れようとすることでその独自性を開花させてきたともいえるのではないでしょうか。
だとしたら、この荒凉とした砂漠のような関係が、20世紀の少女漫画史に与えた影響にも意味があるというもの。
私たち読者は、にこやかに語り合うお二人の姿を見ることは叶いませんが、その代償として多くの優れた作品に触れることができているのかもしれません。
人の心、運命の不可思議さを感じます。
まとめ
- 『一度きりの大泉の話』は、著名な少女漫画家の萩尾望都氏が2021年4月に出版したもの
- 『特に1970年代初頭の、萩尾氏と竹宮恵子氏との葛藤と別離について萩尾氏の視点で描かれている
- 萩尾氏は独特の作風で漫画家として一世を風靡、少女漫画家としては初の紫綬褒章を受賞するなど漫画界に大きな功績を残している
- 萩尾氏、竹宮氏のファンばかりでなく、多くの少女漫画の読者に読んでいただきたい作品
萩尾望都氏『一度きりの大泉の話』についてお伝えしました。
この本を読めば、萩尾氏が竹宮氏と半永久的にたもとを分かつことになった理由がわかります。
読み終わっても決して清々しい気分にはなりませんが(笑)、様々なことを考えさせられる秀作といえそう。
そして、おそらくはこの本を読むであろう竹宮氏の次の反応が気になります。
二人の天才漫画家による、葛藤と確執、別離の物語。
じっくりとウォッチしていきたいと思います。