政治

菅義偉氏の生い立ちと経歴・政策を徹底調査!苦労人の逸話からみる政治家としての強みとは

  1. HOME >
  2. 政治 >

菅義偉氏の生い立ちと経歴・政策を徹底調査!苦労人の逸話からみる政治家としての強みとは

安倍首相の辞任表明により幕があいた2020年自民党総裁選挙。

長く官房長官として安倍首相を支えてきた菅義偉氏が優位に戦いを進めています。

すでに5つの派閥からの支持を得て、自民党総裁選に王手をかけつつある菅義偉氏。

次期総理大臣となる可能性が高まってきました。

 

菅義偉氏は、世襲の多い自民党の政治家としては珍しく自力で今の地位を築き上げました。

その半生はまさにひとつの「物語」。

「次の総理大臣」の可能性が高いと思われる菅義偉氏の生い立ちと経歴・エピソードから、彼の政治家としての強みとは何なのかを考えてみました。

広告

菅義偉氏の生い立ちと学歴・経歴

菅義偉氏の画像

自由民主党衆議院議員神奈川2区「すが義偉」

プロフィールと生い立ち

生年月日 1946年(昭和23年)12月6日
星座・血液型 射手座・O型
出身地 秋田県雄勝(おがち)郡秋ノ宮村(現湯沢市秋ノ宮)
両親・親族 父はいちご栽培農業。母、叔父叔母、姉2人は教員。弟が一人いる。
現住所 神奈川県横浜市神奈川区金港町一丁目・JR横浜駅から徒歩圏のタワーマンション
家族 妻と息子3人
趣味 渓流釣り・ウォーキング。学生時代は空手
好きな食べ物 パンケーキや大福など甘いもの。アルコールは体質に合わず
性格 地味で真面目。「堅物でユーモアのない着実な発言ばかり」(本人談)
座右の銘 「意志あれば道あり』

菅氏のお父さん、菅和三郎氏は、旧満州鉄道から終戦で引き上げ後、故郷の秋ノ宮でいちご農業に従事していた時に「秋の宮いちご」のブランド化に成功。

雄勝郡町議会議員や湯沢市いちご生産農家出荷組合長などを歴任した人です。

一族には教職につく人が多く、真面目で堅実な家風が伺えますね。

 

家業である農業の手伝いをしながら高校を卒業した菅氏。

4人兄弟の長男であることから家業の農業を継ぐことを求められていましたが、常々「自分は農業に向いていない」と感じていたようです。

学歴・就職歴

  • 雄勝町立秋ノ宮小学校(現湯沢市立雄勝小学校)卒
  • 雄勝町立秋ノ宮中学校(現湯沢市立雄勝中学校)卒
  • 秋田県立湯沢高等学校卒
  • 集団就職で上京・板橋区の段ボール工場に集団就職
  • 工場を退社・アルバイトなどで入学資金を準備
  • 法政大学前第二法学部政治学科入学・卒業
  • 建電設備株式会社(現株式会社ケーネス)就職(1973年・24歳)

菅氏の高校卒業期、進路についてお父さんとの意見対立が発生しました。

家業を継ぐため農業大学校(農業者研修教育施設)への進学を勧められましたが彼はそれを拒否。

自分の力を試してみたい」として湯沢高校卒業後、集団就職列車で上京し、板橋区の段ボール工場に集団就職しました。

ただ現実の壁は厳しく、「視野を広げるため大学で学びたい」との思いを強く抱くように。

悩んだ末、段ボール工場は退社。

昼は築地市場で代車運び、夜は飲食店の皿洗いなどしでて資金を作り、その間に受験勉強という生活を2年続けました

菅氏のイメージ プロフィール「すが義偉」

苦労がよくわかる画像です。昭和な絵も雰囲気にぴったり。↑

そして私立大学としてはもっとも学費の安かった法政大学前第二法学部政治学科に入学したのです。

 

入学後も様々な職種でアルバイトを続け、親には頼らずに自らの力で学費を稼ぎながら大学を卒業

このように当時の菅氏は「苦学生」。まさに「苦労人」であり、この時の経験が彼のその後の糧になっていることは言うまでもありません。

政治家としての経歴

1975年 衆議院議員小此木彦三郎氏(衆院議員・神奈川1区)の議員秘書となる
1983年 小此木氏の通産大臣就任に伴い大臣秘書官を務める
1987年 神奈川県横浜市会議員選挙に立候補・初当選。自民党市会議員として2期8年を務める
1996年 第41回衆議院議員選挙に神奈川2区から自民党公認で立候補。新進党公認公明党推薦候補を破り初当選
1998年 自民党総裁選挙では小渕恵三氏ではなく梶山静六氏を支持、その後宏池会(現岸田派)に入会
国土交通大臣政務官、経済産業大臣政務官、総務副大臣などを歴任
2006年 第一次安倍内閣で総務大臣に任命され初入閣。同年12月内閣府特命担当大臣に補職辞令
2007年 安倍氏の首相退任で行われた総裁選挙では福田康夫氏を支持する宏池会の方針に反して麻生太郎氏を支持
2009年 神奈川2区で5選。自民党総裁選では河野太郎氏の推薦人に。宏池会を退会。
2012年 4月 郵政民営化法案の採決で党の方針に反して反対
12月 第2次安倍内閣の発足に伴い内閣官房長官に就任
2019年 4月1日改元に伴い、総理大臣官邸にて新元号「令和」を発表
5月渡米。ポンペオ国務長官、シャナハン国防長官代行、ペンス副大統領と会談。国連本部にて基調演説
2020年 辞任を表明した安倍首相の後継を決める自民党総裁選挙に立候補を表明

民間会社に就職した菅義偉氏ですが、次第に「世の中を動かしているのは政治家。自分の人生を政治にかけてみたい」との思いを抱くようになりました。

政治家になりたいと強く思うものの、政治家の知り合いなどいませんしツテもありません。

そこで母校の法政大学の就職課に頼み込んでOB会の事務局長から法政大学OBの衆院議長・中村梅吉氏の秘書を紹介してもらいました。

その人のツテで小此木彦三郎氏の議員秘書になることができたのです。

菅氏の「諦めない心」が呼び込んだ幸運といえましょう。

 

また、菅氏が横浜市西区の市会議員に立候補した時、周囲は猛反対したそう。

何しろ対立候補は現職の自民党有力議員。しかも地盤もカンバンもお金もまったくない状態。

それでも彼は諦めませんでした。

1日に300軒の家を訪ねて歩き続け、その期間だけで8足の靴をダメにしたそう。

その甲斐あって念願の市会議員初当選を勝ち取ったのでした。

菅氏のイメージ画像 プロフィール「すが義偉」

その後の政治家としての経歴にも、氏の良い意味での頑固さが垣間見えます。

菅義偉氏は、まさに不屈の闘志を秘めた努力と信念の人であると断言できるでしょう。

広告

菅義偉氏の主な政策

衆院議員当選第1期 バリアフリー法案・犯罪被害者救済などの法案に取り組む
国土國痛大臣政務官時代 高速道路のETC夜間割引・アクアライン大幅値下げ・横浜港におけるワンストップサービス化などの実現に取り組む
経済産業大臣政務官時代 ・対北朝鮮経済制裁シュミレーションチームの座長として万景峰号の入港を禁止させる

・振り込め詐欺撲滅ワーキングチームの座長としてプリペイド携帯の販売禁止法案の成立に尽力

総務大臣時代 ・日本主導の北朝鮮短波ラジオ放送の実現 ・NHK短波ラジオに「拉致問題」と言う具体的な内容を加える方針を示す

・ふるさと納税創設 ・NHK改革 ・夕張問題 ・携帯電話の番号持ち越し制度 ・地方分権改革推進法案 など

官房長官時代 ・2013年アルジェリア人質事件で前例のない政府専用機派遣を主導

・日本経済の再生を最優先課題に

こうしてみると、「この法案は菅さんが頑張って実現したのか!知らなかった!」という政策がいくつも見られます。

声高に主張することなく、地道に粛々と成果を上げてきたのですね。

また、政治家としての菅氏の政治信条は以下の通りです。

ポイント

  • 憲法改正に賛成
  • 集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を見直すことに賛成
  • 原子力規制委員会の基準を満たした原発は再稼働すべき
  • 日本の核武装については検討すべきでない
  • 女性宮家の創設に反対
  • 2014年選択的夫婦別姓制度導入に反対

菅義偉氏の政治スタンスは明らかに保守寄り。

まさに安倍政権を継承するものといえます。

菅義偉氏の強みとは

実力派政治家として今や首相の座に王手をかけつつある菅義偉氏。

経歴や逸話から考えられる彼の強みとは何でしょうか。

  • 真面目な努力家であること
  • 頑固なほどの強い信念を持っていること
  • 運の良さ
  • 庶民出身であること
  • 無口で聞き役に徹していること

菅氏のことを調べるほどに、彼が努力と信念の人であることがわかります。

また周囲の助言に耳を傾けようとしないほどの頑固さも垣間見えます。

とにかく「やると言ったらやる」んですよね。

まさに座右の銘「意志あれば道あり」そのままの生き方です。

 

そして無理と思われることを実現してしまう、その意志の強さとともに運の良さも感じます。

母校の法政大学が紹介してくれたのが自民党の衆院議長の秘書であり、その人物から小此木彦三郎氏を紹介されたのはまさに幸運中の幸運だと思います。

小此木氏は横浜で古くから強い地盤を持つ政治家。

ある意味「農業」という業種に自ら別れを告げた菅氏にとって、横浜市という、古くからの因習などのない大都会での地盤づくりは、大いにプラスになったのではないでしょうか。

 

また、本来は弱点となる「庶民出身」という経歴も今では氏の強みのひとつ

政治はきれい事ではなく、時間もお金もかかります。

世襲議員の多い自民党で、表には出てこない数々の苦労があったと思いますが、毛並みの良い政治家のご子息ご令嬢にはないしたたかさで乗り切ってきたのでしょう。

厳しい前半生で味わった苦労は、彼の安定した政策運営にも現れています。

 

そして「無口」。

これも政治家としてはマイナスなはずですが、菅氏にとっては見事に長所として機能しています。

なぜなら、失言する余地が少ないから。

黙って聞き役に徹することで、他人から得た情報を自らの糧として、静かに政治家として成長してきた凄みを感じてしまいます。

これは、とかく政権に批判的な野党も一部マスコミも苦労するかもしれませんね!(^○^)

ラクダは考える

菅氏を象徴するのは、お子さんがまだ3歳・1歳・1ヶ月(!)と小さかったにもかかわらず市議会議員に立候補したエピソードです。

子育てに最も手のかかる時期、それも3人とも男の子!

しかも、地盤も血縁もない横浜での、ほとんど無謀ともいえる市議会議員選挙への挑戦。

どれほどの決断力を要したことか。

 

それでも菅氏はやり遂げました。

その信念、努力とともに胆力は大変なもの。またそれを支えた奥様にも頭が下がります。

きっとお二人は固い絆で結ばれているのでしょうね(*^▽^*)

そしてこのエピソードこそ、政治家としての菅氏の本質を表しているような気がします。

本来は道のない場所に、意志と信念と絶え間ない努力によって道をつくり、切り開いてきた菅氏の底力を象徴するエピソードといえるでしょう

 

強く隙のない、それでいて柔軟なしたたかさも備えた、政治家・菅義偉氏。

彼が日本の総理大臣に就任する日は、すぐそこに迫っています!

広告

-政治

© 2020 街に住むラクダ Powered by AFFINGER5